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SAKEROCK
ご挨拶Tee
#243
December26, 2011
Tag: 2011works


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「ガリ版少年タイポ」
大阪編

#242
December9, 2011
Tag:少年タイポ


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昨年に大阪のPANTALOONにて行われたschtucco(シュトゥッコ)の展覧会「お引越とお葬式」(レポートはこちら)の会期中に開催したワークショップ、「ガリ版少年タイポ」(開催日は2010年11月28日)のレポートをお送りします。

前半は、精神科医であり音楽家でもある星野概念くんと、後半はグラフィックデザイナーであり幼稚園の先生であり、MOZINEの相方でもある宮添浩司くんに加わってもらって進めたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。



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大原 まずは「文字くじ」について簡単に説明しますね。

概念 お願いします。

大原 まずはくじびきの要領で紙片をふたつ引き抜いてもらうんです。例えばこんな感じで。

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概念 この紙片に書かれている言葉は、もとは小説のものなんですか?

大原 小説、エッセイ、論文、日記、インタビュー、新聞や雑誌の記事など様々です。それらを細かく切り抜いてシャッフルしています。

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概念 なるほど。裏にも印刷されていますね。

大原 そうです。表裏どちらの言葉を選んでも良いですし、入れ替えも自由です。その引き抜いた言葉に自分の言葉を足して、新たにひとつの世界を作り上げてもらうのが大まかなルールです。例えば先ほどの言葉を使って、ある人はこう組み立てました。

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概念 面白いですね! 言葉を足すのは真ん中だけじゃなくてもいいんですか?

大原 そのあたりの縛りも自由です。前後に足しても良いし、引き抜いた紙片をさらに細かく切っちゃってもいいです。

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概念 前に足す人ってあんまりいないんですか? 先に状況設定作るというか、言葉をより自分側に引き寄せる人。

大原 案外少ないですね。だから「文字くじ」は、創作というよりは編集の要素が強い行為なんじゃないかと思っています。
こんな感じで、小説の書き出しのようなもの、広告のコピーのようなもの、会話のようなもの、詩や短歌のようなもの…と、数分前には考えてもいなかったような世界が次々に現れるんです。

概念 これ心理テストにも近いですね。性格傾向が出やすいというか。参加者の幅をもっと広くしていったら、より創作に寄ったり、ルールを破ったり無視したり、そういう人がもっと出てくるはずです。

大原 確かに年齢や職種の幅などはまだ狭いと思います。幼児対象の「キンダー文字くじ」や、高齢者対象の「シルバー文字くじ」などはものすごくやってみたいです。

IMG_5299d▲4歳の女の子による「文字くじ」。完成度高すぎ。




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大原 これがベーシックな「文字くじ」で、最初はCLASKAでやっていたD♥Yというイベントで、屋台として出店していたんです。ワークショップというよりは、お祭りの屋台にあるような宝つりとか型抜きとか、ああいう雰囲気の「言葉と文字のテキ屋」(レポートはこちら)です。

概念 屋台というフォーマットで行うのは面白いですね。屋台自体が持つ稼働性が高いし、にぎわいがあるし、お客さんとの距離や境界がぐっと近くなる。

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大原 その「文字くじ」をベースとして、次の試みとして始めたのが「ガリ版少年タイポ」シリーズです。
「文字くじ」では、普段の書き文字で言葉を書き足してもらっていたのですが、ここで出来上がった文章をさらに普段の字とは違う方法で「清書」したら、それこそ発祥の不明な世界が立ち上がるんじゃないかと思って。

概念 言葉に続いて文字の記述も不自由にしてみるというか、自分の「くせ」から離れてみるということでしょうか。

大原 例えば利き腕と逆で書いてみる、目をつぶって書いてみる、天地逆さで書いてみる、定規で書いてみる…などの方法を使って清書していきます。
ひとつ聞いてみたいのは、これらは普段の「くせ」からは距離が取れるけど、制御しようとする「自意識」は存在していますよね。

概念 していますね。

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▲「ガリ版少年タイポ」より。天地逆さで書き、ガリ版原紙を作成している。


大原 そもそも、自分に染み付いている「くせ」の発祥ってどこなんでしょうか。

概念 行動においては、なにをするとしても「イメージの母体」というものがあります。
例えばここにあるガラスのコップを掴むという行為ひとつとっても、まず目視して距離を掴み、神経回路から電気信号を筋肉に伝えて身体をコントロールしながら掴みに行く。掴む際は、僕は過去にガラスのコップをもった経験があるから、どれくらいの力を入れて掴めば割れないのか、または落とさずに口まで運べるかなどがだいたいイメージできます。これが初めて見るような物質のものだったら、こんなに簡単には行動できない。

大原 記憶している身体経験をなぞっているんですね。

概念 そうです。この「イメージできるかできないか」は大きく違うんです。例えば僕は「星野」という文字は小さな頃から何度も書いてきているので、頭の中に「星野」という文字の母体が勝手に定着していて、そのイメージの母体をなぞっているんです。なぞることで神経の回路が何度も繋がっているので自然に書ける。
これを利き腕と逆で書く場合は、思うように手が動かないから違和感があるけど、イメージの母体をなぞる点においては同じなんです。

大原 「イメージの母体」の話すごく面白いですね。

概念 だから例えば大原さんが書くような文字を何度も何度も真似して練習すれば、その部分の神経回路の繋がりが強固になって、そのうちスっと書けてしまう。それは利き腕と逆の場合も同じです。楽器や伝統芸能やスポーツにおける「型」もこのあたりの話に近いです。

b▲左は天地逆さで書いた例。右は白紙にカーボン紙を当てて、自分が書いている文字を見えない状態にし、さらに定規で文字を書いた例。このカーボン紙を利用した方法は、イラストレーターの二艘木洋行さんがイラストの現場で実践しているもの。二つとも書字方法は異なるが、レイアウトも含め「イメージの母体」からの発生を感じる。『このヤロウ ばかヤロウ どういう了見だ』(武蔵野美術大学で行われた「文字くじ」より)。


大原 でも文字の「イメージの母体」でいうと、一番最初は小学校で使う漢字練習帳の書体などは、ある程度統一されたものを共有して練習しているはずですよね。それがどのあたりからそれぞれの「くせ字」に派生していって、自分の慣れた「母体」に落ち着いていくのでしょうか。

概念 それはいろいろな要素が絡んでいると思います。例えば練習帳などのガイドラインを外した状態で、白紙に線を一本引くのでも個体差がすごく出ますよね。線というものを「捉える感覚」によって差が出てくるんです。
「線は点の繋がり」と言いますが、一本の線をどれくらい細分化して捉えられるかによって、引く線の緻密さに差が出ます。
同じように、音楽で言うと音程を半音や、さらに細かい1/4音などで捉えられると歌唱表現も緻密になります。
こういうのはもう、脳の個性による問題で、その個性が「くせ」に繋がっているような部分も大いにあるし、もしかしたら「くせ」の発祥の一端かもしれません。もっと広げると、自閉症などの発達障害にも関連してくるわけなんで、果てしない問題です。
あとは趣向の問題として、例えば小学校の時に仲の良かった友達の字がかっこよくてそれを真似するうちに変わってくるとか、お父さんお母さんや先生が書いている文字に似てくるとか。マンガの文字とかね。

大原 そのあたりはよく分かります。年代によっても文字のモードがあったりするし、筆記具の変遷でも変わってきていますよね。

概念 そうやって多様に派生しながら、その人固有の母体に落ち着いていくんです。それこそ筆跡鑑定のようなものが存在するくらいに固有なものです。

大原 イメージの母体は、環境因によっての変化もありますか? どういう机で書いているかとか、椅子の高さとか、広さや光量などの空間環境とか、あとは地方性とか。

概念 すごくあると思います。あとは動機の問題も。リラックスした環境下や、好きな人に見せたい気持ちがあったりとか、認められたい気持ちの前提があって書くものと、すごくストレスフルな環境下で、嫌いな学校の先生などから強制的に「文字くじ」のようなものをやらされた場合とでは、結果は違ってくると思います。

大原 なるほどなあ。この「イメージの母体」の話はいろいろな側面から今後ももっと掘り下げていきたいです。



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大原 さて、それでは大阪で開催した「ガリ版少年タイポ」を振り返って行きたいと思います。ここから宮添浩司くんにも加わってもらいます。

宮添 よろしくお願いします! 僕、大阪の「ガリ版少年タイポ」行ってないんですが。
…というか、ガリ版もやったことありません。

大原 大丈夫。その立ち位置で客観的な意見をください(笑)。

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宮添 PANTALOON良さそうな場所ですね。どんな人たちが集まったんですか?

大原 大阪だけじゃなくて、京都、奈良、神戸などからも集まってくれたんだけど、東京から来てくれた人までいてびっくりした。職種はばらばらだったけど、比較的デザイン関係の仕事をしている人や美大生などが多かったのかな。

宮添 まずは「文字くじ」ですね。

大原 その前に座ってもらう席もくじ引きで決めたんだった。偶然座った席で偶然手に入れた言葉をもとにスタートする。前編で概念くんとの話にも出たけど、隣り合わせる人が変わったり、環境が変わると少なからずプロセスに影響してくるから。特に後半の印刷や製本の作業は協力し合ったりとグループワークの要素も入ってくるので、そこの巡り合わせは大事だったりするし。

宮添 知らない人同士でいきなりの共同作業ってどんな感じになるんですか?

大原 前半はやっぱり緊張感もあるし集中しているので静かなんだけど、一度「文字くじ」が完成した時点で、みんなで回し合って鑑賞したあたりから会話も増えて、さらに印刷で盛り上がってきて、終る頃にはものすごく打ち解けた雰囲気になってた。
この「ガリ版少年タイポ」は東京のパルコファクトリーと庭園美術館でも開催したんだけど、PANTALOONの喰らい付き方はものすごかった。これは関西特有の傾向なのかもしれないけど。

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宮添 東京とはやっぱり違う雰囲気なんですね。

大原 この日は結構時間もオーバーしてしまったんだけど、終わってもなかなか帰らない。少ない機会を大盛りで付き合ってくれるというか、余韻の中でその場でいろいろな意見を投げてくれるから、フィードバック量がものすごく大きかった。
…というところで具体的に見ていきたいのですが。

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概念 これは原紙に清書しているところですか?

大原 まずベーシックな「文字くじ」で文章をつくってもらって、次にレイアウト用紙に上下逆さの状態で文字を書きながら、レイアウトしてもらいます。文字の意匠や配置の仕方は個人の自由で、ここでは方向づけるようなアドバイスはあえてしてないです。
次にレイアウト用紙をもとに、ガリ版原紙を作成します。ガリ版はロウ紙と呼ばれる原紙を削ることによって版をつくる謄写版印刷の一種で、この時はボールペンでガリガリ削っています。
原紙はデリケートなので、削りすぎると破れてしまったり、逆に削りが浅いと印刷が薄くなってしまったりとコツがいるんです。ここでもやや手くせからの距離が取れますが、ある程度の慣れで解決できてしまいます。

宮添 この大阪の「ガリ版少年タイポ」は、全部完成版見たんですが、よくこんなに文字のフォルム出せるなあって思いました。

大原 それもこの回特有のものだったなあ。

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宮添 僕の印象だと「文字くじ」は言葉の面白さに比重を置いたものだと思ってるんです。その言葉の面白さと、いわゆるデザインされた書き文字のバランスというのが難しいところだなと思いました。視覚に訴える要素が増えるぶん、言葉自体が持つインパクトが薄れるケースも起こってくるんじゃないかと。

大原 そもそも「文字くじ」は言葉や文字をデザインすることを目的にしていないというか、むしろ逆の、いかにデザインしないかとか、離れられるかとか、デザインというものを疑ってみる試みだったりするので、確かに書字の方法論に関してはまだまだ補正の余地がある。天地逆で書く程度では、脳はすぐに補正できるし、ガリ版にするというのも多少筆触が普段より不器用になる程度だから。

概念 でも、あたりまえの前提でやりすぎている「文字を書く」という行為に変化を与えるというか、仕組みを作ることですごく意識的になるし、気付きがあると思います。

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宮添 話を聞いていて、「偶然の仕組み」のようなものを作ろうとしているのかなって思いました。「偶然」と「仕組み」って、相反するような言葉ですけど。

大原 確かにここで扱われる「偶然」については、もう少ししっかり言語化したい。自分では意図していないものや、コントロールしきれないものは存在しているけど、それを「偶然」として扱うのはどうなんだとか、仕組んでいる時点で偶然じゃないだろうとか。

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宮添 そうですね。この「ガリ版少年タイポ」では、天地逆さから書くとかガリ版で版を起こすといった、やや制御しにくい「仕組み」を挟んでいったにも関わらず、それを軽々飛び越えて行くようなものがたくさんあったので驚いたんです。

大原 「この程度の『仕組み』だったら軽々越えられるぜ」という返答だよね(笑)。
確かに何も知らない人が表面的に出てきたものだけ見たら、「天地逆さから書く」みたいな仕組みは見えにくいんだけど、でもそれを書いた人たちの中では、新しい神経回路の繋がりができていたりする。
そういう身体の中での変化や気付きのプロセスに力点を置いているので、文字をデザインすること自体にはあまり重きを置いていないんです。

概念 でも、完成形すごく面白いですよ。

大原 そうなんです(笑)。
ちょっとこの日の実例を見てみましょう。

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▲「塩水入れっぱなしのレタスを拡大 舟が流れに乗って漂流」

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▲「すべての 勤勉なローマ人官吏の 記憶を元にした 水色の箱のDVDセットが 発売された。」

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▲「歩み寄ってくる金メ 住みついてくる金バ お姐ちゃん『やめまへんで」

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▲「コウモリとイノシシとカモメ 飛び交う 野次に 江口は 答えなかった。」(←違うかも…)

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▲「ビーチチェアのパイプの中からピー音」


概念 確かに天地逆で書いたと思えない(笑)。

大原 やはり同じ時間を共有して、それぞれの思考が蓄積したものだから、家に帰って「他の人はどう取り組んだんだろう」って想像したいですよね。ということで、ガリ版で全員分刷って冊子にまとめて持って帰ってもらいました。
最初にも言いましたが、この大阪では帰ってからじゃなくて、その場でそれぞれが意見交換をしていたのがとても印象的でした。

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宮添 「ガリ版少年タイポ」はこの後、庭園美術館でもやっていましたね。

大原 そこではまた別の「仕組み」を使ったので、またあらためてレポートします。
二人には、これからもなにかと登場していただこうと思っているので、どうぞよろしくお願いします。

概念 普段の仕事がデザインとは領域が全然違うんですが…。

大原 だからこそです。ぜひお願いします。

宮添 僕からもお願いします(笑)。

概念 分かりました(笑)。こちらこそお願いします。今後のレポートも楽しみにしています。

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「お引越とお葬式:life and death of schtucco」
“moving / funeral: life and death of schtucco”

#241
December3, 2011
Tag:journal


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ちょうど一年前くらいのこと。
秋山伸さん率いるschtucco(シュトゥッコ)が、大阪の中津にある長屋を改築したギャラリー・PANTALOONで、「お引越とお葬式」という名の展覧会を行った。この展覧会は、schtuccoの組織解消とともに、秋山さん一家が故郷である新潟へ拠点を移すことをきっかけとして始まっている。奥さまは、schtuccoやチクチク・ラボラトリーのメンバーでもある堤あやこさん。そしてなんとこの展覧会には、このとき生まれてきたばかりのお子さん・ユニくんも参加している(当時生後二ヶ月…!)。

会期中(2010年11月20日〜12月26日)ずっと、PANTALOONのギャラリースペースに三人で住み込み、デザイン事務所を開業。事務所/住居/展示室という空間のレイヤーや、生活/仕事という輪郭が解け合いながら、これまで制作してき本やポスター、アウトテイクやラフ、会期中に制作されたもの、生活用品、食品、新聞の切り抜きやスーパーの袋まで、日々更新されていくさまざまな事物が展示されていく。

並行して、秋山さんによるタイポグラフィーのスクール(全5回)やワークショップトークイベントなども行われ、会場にはその様子もアップデートされていた。秋山さんとご一緒させていただいた、韓国の坡州出版都市(Paju Bookcity)のデザイン会議(レポートはこちら)から帰国後すぐに、このワークショップとトークゲストのご依頼を受けた。

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11月27日。お昼過ぎに大阪・中津に到着。やや迷いながらなんとかPANTALOONにたどり着く。
秋山さんご一家と、PANTALOONの椎屋さん、中野さんとご挨拶をすませ、PANTALOONについていろいろお聞きする。



PANTALOONについて

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大原 あの商店街通ってきたんですが、この道で合ってるのか…?とやや不安になりました。

PANTALOON 大阪の人でもあんな商店街来たことないって言いますね。

秋山 商店街なのにシャッターおろして路面で野菜売っているという(笑)。

PANTALOON あの商店街で急に空気変わるし、平日も休日も雰囲気全然変わらない。ランチに行くOLとかはここから先には絶対来ない(笑)。

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大原 迷い込む感ありますよね。トンネルをくぐって横道に入ると長屋が広がっている。

PANTALOON 雨降ったら洗濯物入れといてくれたり、ご近所付き合いとかはすごくあるんですよ。前までは僕もマンション住んでたんで、そういうコミュニティ全然なかったのでかなりびっくりだったんですけど。

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このあと、長屋を自分たちで改築した時の様子などを写真で見せていただく。築80年の空き家を骨組みだけ残して、すべて手を入れている。場所の都合上、車が入って来れないため、商店街の入り口から資材を担いで搬入していたそうだ。

PANTALOON こんな感じで2004年から始まったんです。すべてが手探りで。

大原 スペースのレンタルもしているんですか?

PANTALOON レンタルはなくて、今のところは自分たちが面白いと思う人たちとの企画展を中心としています。並行して空間やグラフィックの仕事もしているので、どうしても不定期になってしまうのですが、しばらくはこの感じでやっていこうと思ってます。最近このほんと近くに「BY PANTALOON」というもうひとつのスペースも立ち上げて、そこでも展示やPANTALOONプロダクトの販売をしているんです。そこには曽田朋子さんという作家さんの工房があったり、奥のスペースには展示をされる方などにお貸しするゲストハウスもあります。

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秋山伸さんとのお話(2010.11.27 トークイベントより)

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大原 今回「お引越とお葬式」というタイトルで展示されていますが、それは秋山さんの事務所であるschtuccoに関しては解散して、新たになにかを始められるということなのでしょうか。

秋山 解散させたあとに新しい団体をつくるということではないです。個に帰るということですね。組織が大きくなることで指導にまわったり、誰かに任せて隠居するという選択肢ではなく、とにかく今後も自分の手で作ったり動かしたいなと思っています。

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大原 生まれたばかりのお子さんとの新生活も含めて公開・展示していくという試みは、この瞬間にしかありえないことですよね。これはもともと構想されていたんですか?

秋山 僕が一人息子なので、いつかは両親のいる田舎に戻らなければと思いつつずっと実行できなかったんですけど、春に子どもができたことを知って決断しました。そうなるとPANTALOONからschtucco展のお話をもらっていながら実現しないまま解散となってしまうことになります。じゃあいっそのこと、解散や引越しや子供を全部まとめて展示にしてしまおうと(笑)。

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大原 秋山さんとは韓国で少しこのお話しましたが、僕はデザイン以前の生活だったり日常的な実践に力点を置いて考えていたりするのですが、この展示を拝見した時に、その境界が解け合っているというか、迫ってくるものがすごく大きくあったんです。

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秋山 デザイン展は見せ方次第では安易にできてしまうと思うんですよ。かっこいい場所に作品をボンとおくようなことや、どの場所に置いても交換可能なものをつくることはできてしまう。そうじゃなくて「輪郭がわからないようなもの」ができないかなと思ったんです。生活と制作プロセスと趣味と近所付き合いのようなものが全部合わさってきたようなところに、なにかを感じ取ってもらえないかなと。

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大原 たとえばそこに貼られているものは、近所のパン屋さんの袋ですよね。

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秋山 あれは堤が並べたものです。我々は並べるのが好きなんです(笑)。

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大原 その場所それぞれの地域性を獲得しながら制作するという意識もあるのでしょうか。

秋山 今回は大阪でやるってことが大きな特徴でもあったので、東京ではできないようなことをやりたいなと思ってました。ここはもう1〜2週間泊まっていますが、本当に中津良いなっと思っていて、冗談で「引越と永住」ってタイトルに変更しようかって話してるくらい(笑)。
ここでの生活がそのまま直接表現されているかというと、長期間住んでいるわけではないので難しいですが、生活の中に取り込みたいという態度は表現したいなと思っています。
「きれいなものを遠くから持ってきて展示しているから見に来てください」ということではなく、「一緒に生活しながら作っていくので、また見に来てください」という状況の中で作るということですね。

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僕は、「お引越とお葬式」にお邪魔して、あの空間で秋山さんたちと過ごした数日で、その後の生活に小さな変化がたくさん起こった。単純にそれまでの気付きの量が圧倒的に少なかったってこともあるかもしれないけど、取るに足らないと見過ごしていた生活の粒子や、ものとものの間の見えに明らかな変化が起こってきたのだ。


Paju Book City 後日談

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大原 Pajuのブックデザイン会議はいかがでしたか?

秋山 緊張しましたね。最後のほう時間足りなくなって駆け足になっちゃったり。

大原 秋山さん、一睡もできずに韓国到着されてましたよね。懇親会で食べた食事の味もあまり覚えていないって言ってました。

秋山 ゆったりした気持ちだったらすごく美味しく食べれてたんだけどね。だからシンポジウム終わってから、ソウル市内で食べたものがものすごく美味しく感じた(笑)。

大原 秋山さんのシンポジウムでのプレゼンテーションのお話を、もう一度聞かせていただけますか。

秋山 僕は「読書経験の撹乱(Destabilizing The Reading Experience)」に関して、物質的レベル(Return to Scraps of Paper)と「視覚的レベル(Optexture)」の2軸から話しました。今ある読書経験を完全に転覆させようということじゃなくて、「安定化することを避ける」ということです。
まずひとつは物理的なレベルとして、本の構造に関しての疑問を呈す--例えばそこを極限的にいくと、紙片の束(scraps of paper)になるんじゃないかということ。
もうひとつは表面的/視覚的な撹乱の試みをしていて、まだ実験段階ものだけど「Optexture」と呼んでいるもので、「optical」と「texture」の造語です。紙は平板で無個性なものだけど、そこに視覚的な効果を加えることで,本来存在しないTextureを出そうという試みです。(edition nortの本を例に、さまざまな事例を解説していただく)

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大原 同時通訳の方が、秋山さんのお話は翻訳がとても難しいから、本番はゆっくり話して下さいって言っていましたね(笑)。

秋山 最後の鄭丙圭さんの総評聞いて、「ああ、なんとか伝わってたようでよかった」って思った(笑)。

大原 秋山さんのセッションは録音していて、帰ってきてからレポート書くためにテープ起こししながら何度も聞き直しました。僕と秋山さんのアプローチも全然違いますけど、シンポジウムでの日本枠はかなり異色だったと思います。

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秋山 大原さんの発表の時に、明らかに会場の雰囲気が変わったと思いますよ。今までのお固いシンポジウムにはなかった雰囲気だと思うし、こういうアプローチのデザイナーが日本にいるんだってことを示せていたと思う。
ただ、大原さんの「文字くじ」の取り組みは会場でとても受けていたのだけど、恐らく深いところでは理解されていなかったような気がしています。「ブック」とも「デザイン」とも取られにくいものですよね。でも僕は、デザイナーの職能っていうのが、今後これからちょっとずれてくるんじゃないか、もしくは新たな職能が出現してくるんじゃないかという根本的な期待や動きを感じたんです。
いわゆるデザイナーがすごいものを作って「どうだ」って提示するデザインではなくて、逆にみんなが作り手として文字にも言葉にもアプローチできるような、下から草が生えてくるような作り方だったり、しくみ作りですよね。これが今後どう発展していくかはこれからの取り組み方だと思うけど。

大原 僕もそう思います。「文字くじ」で起こっている現象に関しては抽象化して理論上のオチをつけすぎたくない部分も多少あって、あれは「できごと」だと思っているんです。「ブック」や「デザイン」としての造形的な定着や説得力も補正の余地しかないんですが、さらに創作ってなんだろうとか、自意識って?偶然性って?自動生成って?個って?…となってくると、次は生態心理学や言語学といったフレームのまたぎが必要になってきます。自分のプロジェクトの中では稀な「できごと」にアプローチできそうなものだと思っているので、続けて取り組んでいきたいです。

秋山 明日はその「文字くじ」のワークショップをしてもらうんですよね。

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大原 はい。「文字くじ」で生成した文章を、ガリ版で刷って1冊にまとめます。同じ内容で一週間前に東京でも開催したんですが、大阪ではどんな違いが出て来るかとても楽しみです。

秋山 楽しみにしています。


※このガリ版「文字くじ」のレポートは次回お送りします。

この展覧会の様子は、当時のschtuccoブログで、より丁寧にレポートされています。
あわせてご覧ください。

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先日の「トーキョー・アート・ブックフェア」で、出店されていた秋山さんご一家とお会いした。ユニくんはもう一歳になろうとしていた。
盛況だったのであまりお話はできなかったので、今度は新潟での活動などをまたゆっくりお聞きしたいです。

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▲坡州出版都市の全景模型。

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▲出版都市の創立者, 李起雄氏。

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▲ホテル室内。壁には鄭丙圭氏のタイポグラフィ。

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▲悦話堂図書館。うらやまし…。

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▲韓国勢。左から鄭丙圭氏, Oh Pill-min氏, Cho Hyouk-joonb氏。

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▲中国のXiao Mage氏。

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▲同じく中国のYang Linqing氏のプレゼン。

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▲日本から秋山伸氏。秋山さんのセッションは, この年のハイライトだったと思う。

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▲わたくし。

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▲Oh Pill-min氏のブックデザインより。

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▲Cho Hyouk-joonb氏のプレゼン。

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▲参加デザイナーの本の展示。閲覧自由。

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▲古本屋さん。古本に挟まっていた写真やメモなどをディスプレイしている。

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▲後日送っていただいた, 1950年代の映画宣伝美術集。悦話堂から出版されている。

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#240
November30, 2011
Tag: journal
“Paju Book City”

ごぶさたしております。
もうブログのアップの仕方も忘れるくらい間が空いてしまった。
ここから来年にかけて, たまりにたまっているエントリや, 最近のこと, これからのことなどをしれっとアップしていきますので, たまに覗いてやってくださいませ。

それではさっそく一年以上前のジャーナルから。韓国の坡州出版都市(Paju Bookcity)にて行われた国際デザインシンポジウム,「東アジア本の交流」のレポをお届けします。ポンチャック。

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「西洋から学んできた強制的とも言えるモダンデザインを受け入れてから, 極東アジアのデザイナーたちがこれほどにまで切実に悩んだ時代が果たしてあっただろうか。これまで幾度も装飾からの脱却を試みながらも, 結局装飾にとどまることしかできなかった。
これからは,『東洋』と表現する際は『非西洋』と言っていただきたい。『東洋』というと, 漢字や仏教といった非常に狭い範囲のイメージに限定されるが, それを乗りこえるためにも今後は『非西洋』というフィールドを意識して, モダニズムの境界を塗りかえなければならない」(「東アジア本の交流 2010」総評より)鄭丙圭氏の言葉



2010年11月5日, 韓国の坡州出版都市にて, 6回目となる国際デザインシンポジウム「東アジア本の交流」が開かれました。

このシンポジウムは, 日本の杉浦康平氏, 中国の呂敬人(リュ・ジンレン)氏, 台北の黄永松(ホアン・ヨンソン)氏, 韓国の鄭丙圭(チョン・ビョンギュ)氏らが中心となり, 東アジアで活動するデザイナーや編集者, 研究者, 学生など, デザインや出版に関わる人々の交流と活性を計るために2005年から始まったものです。

これまでに, 「アジア的想像力」「タイポグラフィ」「紙」といったテーマでシンポジウムが開かれたほか, 参加デザイナーが手がけたブックデザインの展覧会などもあわせて行われていて,日本からは, これまでに鈴木一誌氏, 戸田ツトム氏, 臼田捷治氏, 佐藤雅彦氏, 祖父江慎氏, 山口信博氏, 白井敬尚氏, 古平正義氏などが招聘されています(2011年は室賀清徳氏)。

2010年度のテーマは「アジアの次世代ブックデザイン」。ブックデザインや出版の今後の可能性について議論するため, 中国からはXiao Mage氏とYang Linqing氏, 韓国からOh Pill-min氏とCho Hyouk-joonb 氏, 日本からはschtüccoの秋山伸氏と, 僕がスピーカーとして招聘されました。

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羽田空港から金浦空港まで約2時間半。迎えに来てくれていた通訳さんが掲げていた「♡ようこそ♡」に和みつつ, そこから車でハイウェイを30分ほど北上すると, あっという間に州出版都市へ到着する。北部だが思ったほど寒くない。

この都市は, 出版社, 印刷会社, 流通会社などをはじめ, 出版に関する産業を一箇所にまとめて出版文化産業の発展を目指す構想のもと, 90年代末から開発が進められている計画都市で, 広大な敷地に世界中の建築家によって設計された近代建築がズラリと立ち並んでいる。正直なところ, 人里離れた場所に突然モダン建築が並ぶ特区が現れたことに面食らった。人がいない場所を散歩していると, 未来都市にトリップしたような感覚が立ち上がってくる。

坡州出版都市の創立者であり, 出版社・悦話堂(ヨルワダン)の社長である, 李起雄(イ・ギウン)氏の理念のもと, 建造物には「5階以上の建築物は
不可」や,「看板は1つのみ」といったコードが決められているそうだ。そのためひとつひとつの建築物は特徴的でも, 街全体の調和と緊張感が保たれている。山側の静かな敷地には出版社やデザイン事務所のほか, この都市で働く人々が暮らす住宅地が並び, 高速道路側の出入りや騒音の多い敷地には印刷所や製本所,流通会社などが並ぶ。職種や目的にあわせた区画整理が的確に施されているのだ。

今回宿泊したのは, シンポジウム会場と隣接している「紙之郷」。2007年のシンポジウムから, このゲストハウスが利用されるようになったそうだ。

各部屋やロビーには, 鄭丙圭氏のタイポグラフィ作品が飾られている。鄭氏は韓国のブックデザイン, タイポグラフィの第一人者であり, 毎年行われるシンポジウムのテーマの決定や出席者の人選, ポスターのデザインなどを統括する中心人物。氏は韓国のエディトリアルデザインの黎明期(1970年初め頃)から多くの優れたブックデザインを手がけるほか, ハングルの持つ象形性に着目して, 機械の美学から離れた脱直線の世界でのタイポグラフィ表現を積極的に実践されている。

僕の部屋に飾られていたのは, カラーのマスキングテープでハングルの母音や子音のオブジェクトを構成した作品だった。部屋にテレビはなく10冊ほどの本が置かれている。程よいスペースの机がありWi-Fi 完備のため, 道具がそろえばすぐに仕事もできる。ここ最近自分の頭の中にある, 固定した場所に捕われないモバイル事務所や, 出張の多い職種向けのゲストハウス構想が自然に膨らむ。

実際に, 出版都市内にある「悦話堂図書館」にはゲストハウスが併設されていて, 図書室のほか, 宿泊室, 談話スペース, 共同キッチン, 視聴覚スペースなどが学生向けに無料開放(!)されている(図書室, 視聴覚スペースは一般へも開放している)。

悦話堂図書館には, 韓国古代の稀少な本から国内外の現代のデザイン書まで, 優れた美術図書がビッシリとアーカイブされている。これらは出版都市の創立者である李起雄氏と, そのご息女の2人だけで収集しているのだそうだ。

個人の審美眼で選び抜いた蔵書をここまで開放している施設は日本でもほとんどないはず。この図書館は市内から離れている上に美術学校が近くにあるわけでもなく, 観光化されている場所でもないためほとんど人がいない。このスペースを独り占めできなんてものすごく贅沢なことだ。入り浸りたい気持ちがつのる。(ちなみに悦話堂図書館のほかにも図書館は各所にあり, シンポジウムが行われた施設内にも, 杉浦康平氏が手がけられた本が一望出来る書架や, 日本の優れたブックデザインを多く収めた図書室などもある。)

空き時間を利用して, 出版都市内を歩きながら文字採集をする。そのあと中国からのデザイナー達と秋山伸さんを交え, 活字美術館や, 38度線にほど近い統一展望台を案内してもらう。活字美術館では, 活版, 電算写植(機材もハングルの文字盤も, 日本から輸入して使用していたそうだ), レタリングの道具や制作物の展示を通して, 韓国の活字の歴史を駆け足でお勉強。

韓国は, 漢字のみが使われた時代から, 漢字とハングルが併用された時代を経て現在ではハングルのみが使われるようになった。80年代初頭の写植の普及とともに縦書きから横書きに移行。 漢字を文字として使用して来た歴史的な遺伝子が, ハングルの中には内在しているという。

言論や出版規制があった時代を経て, 1988年の出版登録の自由化が契機となって韓国のエディトリアルデザインは民主化の熱風に包まれながら興隆する。それ以前は, 優れた編集者は装幀もできることが当たり前の時代だったそうだ。先述の鄭丙圭氏は, 編集者を経てデザイナーへ転身した代表的な人物だ。

夜の懇親会では, 日本のインディペンデント出版についての質問を多く受けた。韓国でもコミケのようなマンガ同人誌を主体としたイベントはあるが, リ
トルプレスやZINEと呼ばれるような自主制作冊子のカルチャーはまだ根付いていないそうだ。出版文化財団のスタッフの方は,「小さな分野をイベント化して集客できるのは, 日本独特のチカラ」と言っていた。

韓国からの参加デザイナーであるCho Hyouk- joonb氏からは, 部数や予算といった仕様のことから, なぜ多くの人が自主的な活動を行っているのか, またその意義, 普段の仕事とどう並行していくのか…など, 具体的な質問も多く受けた。韓国のデザイナーもインディペンデント出版をしたい欲求は高いそうだが, 韓国では出版社が本を作るものという概念が根付いていて, さらに忙しさや金銭的な理由から断念せざるを得ない状況にもあるという。

熱を帯びた懇親会は2次会で解散。前日から準備に追われ, 寝れないまま韓国に来ていたが, 興奮と不安が入り混じり寝つけず, 結局朝までテキストを練り直すことに。

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シンポジウム当日。
デザイナー, 出版関係者, 学生など, 各地から多くの人が来場していた。個人的な印象では, 若い世代が多いように見受けられた。言葉は同時通訳されて参加者全員のヘッドフォンに届く。 

李起雄理事長は挨拶の際,「私たち東アジア人の姿形, また, 共有して使う漢字などの同質性は誰も否定できない。私たちはもっとも近い間柄である運命で, いかなる政治や経済的な利害関係からも脱却し, 『生きる』という点において人間の価値を見いだすためにここに集まっている」と, 東アジア人の根底に伏流する連帯性とシンポジウムの意義を強調した。

プレゼンテーションは, 中国からの唯一の女性デザイナーXiao Mage氏から始まった。「中国のもっとも美しい本」や, NY ADC, D&ADなど, 数々の賞に輝くブックデザインを紹介。以前TOKYO TDCのレクチャーで, 香港のLes Suen氏の造本設計に驚嘆&大感動したことがあるが, Xiao氏のプレゼンテーションを見てあらためて中国のブックデザインのレベルの高さを思い知る。どの本も有機的な律動があって柔らかな印象。特に製本やマテリアル処理の美しさは抜群で, 手に取って大切にページをめくりたい触覚を誘発する。

同じく中国から参加のYang Linqing氏は, 「編集とデザインの関係性はどちらか一方だけでは成立せず, ふたつが交流することでひとつの『気』を生み出す」ということを陰陽太極図をたとえに展開。中国においてのモダニズムの興隆に危機感を唱えながら,「ブックデザインにおいては, 見た目のグラフィックではなく, より編集者的なアプローチでデザインに関わるべきである」と論じ, webにおけるリンクに似た構造を内在させた, 運動性の高いインデックスのデザインを披露した。

つづく秋山伸氏は, 読書経験の撹乱(Destabilizing The Reading Experience)」---つまり「全く新たなものやカオスを生成するのではなく, 固定化しようとするものをゆりもどし, 抵抗する概念」や, 非同一性(Disidentification)---「豊かなものをひとつの規範に収めることを避ける概念」をひもときながら,「物質的レベル(Return to Scraps of Paper)」と「視覚的レベル(Optexture)」の2軸から, schtüccoが手がけた様々なブックデザインをプレゼンテーションした。

「非同一性」という, モダニズムの合理的思考をもっとも根底から批判するキーワードを取り上げながら, 「機能的で美しいモダンデザインを作ることでも, 完全否定することでも, 対抗するスタイルを構築することでもなく, モダンデザインの渦の外側に位置する, 様々な小さな本を作りながら, 画一化された読書経験を撹乱したい」とした上で, 読書経験を固定化しないための, ブックデザインの新たな視座を示していた。

僕のプレゼンテーションは, タイポグラフィやブックデザインの生成を個人のイマジネーションや文脈に委ねるだけではなく, 他者, 自然の力, 偶然性などを介在させながら再構築していくための試みや, 参加者と対話しながら時間軸を共有し,共同作業で1冊の本を作っていくための場作りなど, 近年行ってきた自主プロジェクトを中心に論じた。

地元韓国から参加のOh Pill -min氏は元編集者のブックデザイナーで, 韓国で出版されている文学書を数多く手がけ, 日本の小説の訳書も数多くデザインしている。ここ10年ほどで韓国のデザインは急速に成長を遂げたという。Oh氏は, 元編集者的な立場による的確なデザインアプローチで, およそ一人のデザイナーが作り出したとは思えない数の構成バリエーションの仕事を展開した。

つづく韓国のCho Hyouk-joonb氏も, 国内で発行される数多くのブックデザインを手がけていて, そのディレクションの中心軸は「非常に基礎的な韓国のタイポグラフィを根底に置きながら, 幅広い実験を行うこと」と語る。

Cho氏は, 昨晩の懇親会での日本のインディペンデント出版の話題を持ち出し, コンテンツの細分化, 出版不況, 電子書籍やwebなどの反動としての紙への回帰や流行など, 韓国との文化的な背景の差異を示しながらも, デザイナーが主体性を持って制作する本への関心について触れ, 自主的な出版活動への欲求を語っていた。

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こうして一人当たり約40分, 合計5時間程におよぶプレゼンテーションが終了した。

総評として鄭丙圭氏が述べた言葉が, このエントリの冒頭に挙げたものだ。そして,「このシンポジウムで上がった非常に重要なキーワード『構造』『物質』『表面』は,『デザインそのもの』についての本質的な話であり, ブックデザインというフレームを乗り越えた内容だった。この知覚体験をさせて下さったみなさんに心から感謝しています」と締めくくった。

シンポジウム終了後のレセプションは, 関係者だけでなく一般の観客や学生も参加することができ, 参加デサイナーたちとも自由に交流できる。その敷居の低さや和やかな雰囲気にとても好感を持った。

夜は, 韓国のデザイナー達と出版財団スタッフの案内でソウル市内の居酒屋へ行く。シンポジウムの緊張感から解放された体にノイジーな「非西洋」的喧噪が心地よく響く。マッコリより雑味の少ない, サラっとした乳酸飲料のようなドンドンジュというお酒を飲む。めちゃくちゃ美味い。

最終日。朝から秋山さんと出版都市内の古本屋を巡る。なんというか, 良い意味で手つかずの状態。出版登録の自由化がされて以降の本はブックデザインのバリエーションも多様だが, それ以前のものはなかなか差異が見つけにくい。結局, (おそらく)小学校の手書きの卒業文集を買う。

そこからソウル市内へ移動。市内には弘益大学校という大きい美術大学があり, 周辺の通りは画材店や美術書店が密集している。sang sang madangというビルは, 美術・デザイン書, リトルプレスやZINEや雑貨を取り扱うお店のほか, ギャラリーがいくつか入っていたので長居する。忘れがたいくらい美味しい焼肉を食べ, 最終的には通訳さんに連れて行ってもらった, 内装もシステムも飲み物もすさまじくスイートな喫茶店で, 秋山さんと短い滞在を振り返る。

僕にとって、このような国際シンポジウムに参加するのは初めてのことだった。外の空気に触れ, そこに息づく人たちの思考に触れることは, 新たな視座やスケールを体得できる, めちゃくちゃ意義のある機会だと思っている。
シンポジウムにあたり, 自分に何が発言できるのか, また一体どんなことを共有できるだろうかと考え続けた。これまでに制作したものを振り返り, 言葉にしてプレゼンテーションすることは, クライアントワークや自主プロジェクトともまた違う, とてもムズカしい行為だ。

今回の「東アジア本の交流」を通して, 西洋的なモダニズムへ対するクリティカルな姿勢を強く感じたが, 各国共通して本をどのようにデザインするのかという方法論ではなく, どのような地点からデザインに関わるのかという姿勢そのものを強く提示していたように思う。
それぞれの国は異なる文化的背景を反映しながら, 「非西洋」的な同質性の中で共通した危機感や問題意識を抱えている。このような状況の中で, 相互のアイデアや成果物を交流させることができたのは, 本当に有意義な経験だった。

西洋との対照によって東アジアのデザインを考察する機会を持つことには成功しているので, 今後は東亜に限定せずにアジア全域からデザイナーや出版人が招聘されて, さらなる対話の場に発展していって, 最終的にはやはりアジアの領域も横断して世界中のブックデザイナーと対峙する場が形成されていくことを心から願います。

まず, 坡州出版都市のことがあまり認知されていない現状もあると思うので, 頭の片隅に置いといていただきつつ, 本やデザインや建築好きで韓国行く機会がある方は, 少しだけ足伸ばして覗いてきてみてください。そいえば出版都市と隣接して, 映画都市も建設中だったので, そちらも完成したらすごそうだなと…。

この機会を与えてくださった, 杉浦康平さんと坡州出版都市文化財団のスタッフの皆さん, 参加デザイナーの皆さんに, 心から感謝申し上げます。そして秋山伸さんと通訳のアミさん、本当にお世話になりました!
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