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「お引越とお葬式:life and death of schtucco」
“moving / funeral: life and death of schtucco”

#241
December3, 2011
Tag:journal


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ちょうど一年前くらいのこと。
秋山伸さん率いるschtucco(シュトゥッコ)が、大阪の中津にある長屋を改築したギャラリー・PANTALOONで、「お引越とお葬式」という名の展覧会を行った。この展覧会は、schtuccoの組織解消とともに、秋山さん一家が故郷である新潟へ拠点を移すことをきっかけとして始まっている。奥さまは、schtuccoやチクチク・ラボラトリーのメンバーでもある堤あやこさん。そしてなんとこの展覧会には、このとき生まれてきたばかりのお子さん・ユニくんも参加している(当時生後二ヶ月…!)。

会期中(2010年11月20日〜12月26日)ずっと、PANTALOONのギャラリースペースに三人で住み込み、デザイン事務所を開業。事務所/住居/展示室という空間のレイヤーや、生活/仕事という輪郭が解け合いながら、これまで制作してき本やポスター、アウトテイクやラフ、会期中に制作されたもの、生活用品、食品、新聞の切り抜きやスーパーの袋まで、日々更新されていくさまざまな事物が展示されていく。

並行して、秋山さんによるタイポグラフィーのスクール(全5回)やワークショップトークイベントなども行われ、会場にはその様子もアップデートされていた。秋山さんとご一緒させていただいた、韓国の坡州出版都市(Paju Bookcity)のデザイン会議(レポートはこちら)から帰国後すぐに、このワークショップとトークゲストのご依頼を受けた。

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11月27日。お昼過ぎに大阪・中津に到着。やや迷いながらなんとかPANTALOONにたどり着く。
秋山さんご一家と、PANTALOONの椎屋さん、中野さんとご挨拶をすませ、PANTALOONについていろいろお聞きする。



PANTALOONについて

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大原 あの商店街通ってきたんですが、この道で合ってるのか…?とやや不安になりました。

PANTALOON 大阪の人でもあんな商店街来たことないって言いますね。

秋山 商店街なのにシャッターおろして路面で野菜売っているという(笑)。

PANTALOON あの商店街で急に空気変わるし、平日も休日も雰囲気全然変わらない。ランチに行くOLとかはここから先には絶対来ない(笑)。

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大原 迷い込む感ありますよね。トンネルをくぐって横道に入ると長屋が広がっている。

PANTALOON 雨降ったら洗濯物入れといてくれたり、ご近所付き合いとかはすごくあるんですよ。前までは僕もマンション住んでたんで、そういうコミュニティ全然なかったのでかなりびっくりだったんですけど。

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このあと、長屋を自分たちで改築した時の様子などを写真で見せていただく。築80年の空き家を骨組みだけ残して、すべて手を入れている。場所の都合上、車が入って来れないため、商店街の入り口から資材を担いで搬入していたそうだ。

PANTALOON こんな感じで2004年から始まったんです。すべてが手探りで。

大原 スペースのレンタルもしているんですか?

PANTALOON レンタルはなくて、今のところは自分たちが面白いと思う人たちとの企画展を中心としています。並行して空間やグラフィックの仕事もしているので、どうしても不定期になってしまうのですが、しばらくはこの感じでやっていこうと思ってます。最近このほんと近くに「BY PANTALOON」というもうひとつのスペースも立ち上げて、そこでも展示やPANTALOONプロダクトの販売をしているんです。そこには曽田朋子さんという作家さんの工房があったり、奥のスペースには展示をされる方などにお貸しするゲストハウスもあります。

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秋山伸さんとのお話(2010.11.27 トークイベントより)

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大原 今回「お引越とお葬式」というタイトルで展示されていますが、それは秋山さんの事務所であるschtuccoに関しては解散して、新たになにかを始められるということなのでしょうか。

秋山 解散させたあとに新しい団体をつくるということではないです。個に帰るということですね。組織が大きくなることで指導にまわったり、誰かに任せて隠居するという選択肢ではなく、とにかく今後も自分の手で作ったり動かしたいなと思っています。

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大原 生まれたばかりのお子さんとの新生活も含めて公開・展示していくという試みは、この瞬間にしかありえないことですよね。これはもともと構想されていたんですか?

秋山 僕が一人息子なので、いつかは両親のいる田舎に戻らなければと思いつつずっと実行できなかったんですけど、春に子どもができたことを知って決断しました。そうなるとPANTALOONからschtucco展のお話をもらっていながら実現しないまま解散となってしまうことになります。じゃあいっそのこと、解散や引越しや子供を全部まとめて展示にしてしまおうと(笑)。

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大原 秋山さんとは韓国で少しこのお話しましたが、僕はデザイン以前の生活だったり日常的な実践に力点を置いて考えていたりするのですが、この展示を拝見した時に、その境界が解け合っているというか、迫ってくるものがすごく大きくあったんです。

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秋山 デザイン展は見せ方次第では安易にできてしまうと思うんですよ。かっこいい場所に作品をボンとおくようなことや、どの場所に置いても交換可能なものをつくることはできてしまう。そうじゃなくて「輪郭がわからないようなもの」ができないかなと思ったんです。生活と制作プロセスと趣味と近所付き合いのようなものが全部合わさってきたようなところに、なにかを感じ取ってもらえないかなと。

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大原 たとえばそこに貼られているものは、近所のパン屋さんの袋ですよね。

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秋山 あれは堤が並べたものです。我々は並べるのが好きなんです(笑)。

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大原 その場所それぞれの地域性を獲得しながら制作するという意識もあるのでしょうか。

秋山 今回は大阪でやるってことが大きな特徴でもあったので、東京ではできないようなことをやりたいなと思ってました。ここはもう1〜2週間泊まっていますが、本当に中津良いなっと思っていて、冗談で「引越と永住」ってタイトルに変更しようかって話してるくらい(笑)。
ここでの生活がそのまま直接表現されているかというと、長期間住んでいるわけではないので難しいですが、生活の中に取り込みたいという態度は表現したいなと思っています。
「きれいなものを遠くから持ってきて展示しているから見に来てください」ということではなく、「一緒に生活しながら作っていくので、また見に来てください」という状況の中で作るということですね。

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僕は、「お引越とお葬式」にお邪魔して、あの空間で秋山さんたちと過ごした数日で、その後の生活に小さな変化がたくさん起こった。単純にそれまでの気付きの量が圧倒的に少なかったってこともあるかもしれないけど、取るに足らないと見過ごしていた生活の粒子や、ものとものの間の見えに明らかな変化が起こってきたのだ。


Paju Book City 後日談

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大原 Pajuのブックデザイン会議はいかがでしたか?

秋山 緊張しましたね。最後のほう時間足りなくなって駆け足になっちゃったり。

大原 秋山さん、一睡もできずに韓国到着されてましたよね。懇親会で食べた食事の味もあまり覚えていないって言ってました。

秋山 ゆったりした気持ちだったらすごく美味しく食べれてたんだけどね。だからシンポジウム終わってから、ソウル市内で食べたものがものすごく美味しく感じた(笑)。

大原 秋山さんのシンポジウムでのプレゼンテーションのお話を、もう一度聞かせていただけますか。

秋山 僕は「読書経験の撹乱(Destabilizing The Reading Experience)」に関して、物質的レベル(Return to Scraps of Paper)と「視覚的レベル(Optexture)」の2軸から話しました。今ある読書経験を完全に転覆させようということじゃなくて、「安定化することを避ける」ということです。
まずひとつは物理的なレベルとして、本の構造に関しての疑問を呈す--例えばそこを極限的にいくと、紙片の束(scraps of paper)になるんじゃないかということ。
もうひとつは表面的/視覚的な撹乱の試みをしていて、まだ実験段階ものだけど「Optexture」と呼んでいるもので、「optical」と「texture」の造語です。紙は平板で無個性なものだけど、そこに視覚的な効果を加えることで,本来存在しないTextureを出そうという試みです。(edition nortの本を例に、さまざまな事例を解説していただく)

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大原 同時通訳の方が、秋山さんのお話は翻訳がとても難しいから、本番はゆっくり話して下さいって言っていましたね(笑)。

秋山 最後の鄭丙圭さんの総評聞いて、「ああ、なんとか伝わってたようでよかった」って思った(笑)。

大原 秋山さんのセッションは録音していて、帰ってきてからレポート書くためにテープ起こししながら何度も聞き直しました。僕と秋山さんのアプローチも全然違いますけど、シンポジウムでの日本枠はかなり異色だったと思います。

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秋山 大原さんの発表の時に、明らかに会場の雰囲気が変わったと思いますよ。今までのお固いシンポジウムにはなかった雰囲気だと思うし、こういうアプローチのデザイナーが日本にいるんだってことを示せていたと思う。
ただ、大原さんの「文字くじ」の取り組みは会場でとても受けていたのだけど、恐らく深いところでは理解されていなかったような気がしています。「ブック」とも「デザイン」とも取られにくいものですよね。でも僕は、デザイナーの職能っていうのが、今後これからちょっとずれてくるんじゃないか、もしくは新たな職能が出現してくるんじゃないかという根本的な期待や動きを感じたんです。
いわゆるデザイナーがすごいものを作って「どうだ」って提示するデザインではなくて、逆にみんなが作り手として文字にも言葉にもアプローチできるような、下から草が生えてくるような作り方だったり、しくみ作りですよね。これが今後どう発展していくかはこれからの取り組み方だと思うけど。

大原 僕もそう思います。「文字くじ」で起こっている現象に関しては抽象化して理論上のオチをつけすぎたくない部分も多少あって、あれは「できごと」だと思っているんです。「ブック」や「デザイン」としての造形的な定着や説得力も補正の余地しかないんですが、さらに創作ってなんだろうとか、自意識って?偶然性って?自動生成って?個って?…となってくると、次は生態心理学や言語学といったフレームのまたぎが必要になってきます。自分のプロジェクトの中では稀な「できごと」にアプローチできそうなものだと思っているので、続けて取り組んでいきたいです。

秋山 明日はその「文字くじ」のワークショップをしてもらうんですよね。

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大原 はい。「文字くじ」で生成した文章を、ガリ版で刷って1冊にまとめます。同じ内容で一週間前に東京でも開催したんですが、大阪ではどんな違いが出て来るかとても楽しみです。

秋山 楽しみにしています。


※このガリ版「文字くじ」のレポートは次回お送りします。

この展覧会の様子は、当時のschtuccoブログで、より丁寧にレポートされています。
あわせてご覧ください。

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先日の「トーキョー・アート・ブックフェア」で、出店されていた秋山さんご一家とお会いした。ユニくんはもう一歳になろうとしていた。
盛況だったのであまりお話はできなかったので、今度は新潟での活動などをまたゆっくりお聞きしたいです。

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