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▲坡州出版都市の全景模型。

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▲出版都市の創立者, 李起雄氏。

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▲ホテル室内。壁には鄭丙圭氏のタイポグラフィ。

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▲悦話堂図書館。うらやまし…。

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▲韓国勢。左から鄭丙圭氏, Oh Pill-min氏, Cho Hyouk-joonb氏。

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▲中国のXiao Mage氏。

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▲同じく中国のYang Linqing氏のプレゼン。

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▲日本から秋山伸氏。秋山さんのセッションは, この年のハイライトだったと思う。

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▲わたくし。

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▲Oh Pill-min氏のブックデザインより。

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▲Cho Hyouk-joonb氏のプレゼン。

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▲参加デザイナーの本の展示。閲覧自由。

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▲古本屋さん。古本に挟まっていた写真やメモなどをディスプレイしている。

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▲後日送っていただいた, 1950年代の映画宣伝美術集。悦話堂から出版されている。

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#240
November30, 2011
Tag: journal
“Paju Book City”

ごぶさたしております。
もうブログのアップの仕方も忘れるくらい間が空いてしまった。
ここから来年にかけて, たまりにたまっているエントリや, 最近のこと, これからのことなどをしれっとアップしていきますので, たまに覗いてやってくださいませ。

それではさっそく一年以上前のジャーナルから。韓国の坡州出版都市(Paju Bookcity)にて行われた国際デザインシンポジウム,「東アジア本の交流」のレポをお届けします。ポンチャック。

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「西洋から学んできた強制的とも言えるモダンデザインを受け入れてから, 極東アジアのデザイナーたちがこれほどにまで切実に悩んだ時代が果たしてあっただろうか。これまで幾度も装飾からの脱却を試みながらも, 結局装飾にとどまることしかできなかった。
これからは,『東洋』と表現する際は『非西洋』と言っていただきたい。『東洋』というと, 漢字や仏教といった非常に狭い範囲のイメージに限定されるが, それを乗りこえるためにも今後は『非西洋』というフィールドを意識して, モダニズムの境界を塗りかえなければならない」(「東アジア本の交流 2010」総評より)鄭丙圭氏の言葉



2010年11月5日, 韓国の坡州出版都市にて, 6回目となる国際デザインシンポジウム「東アジア本の交流」が開かれました。

このシンポジウムは, 日本の杉浦康平氏, 中国の呂敬人(リュ・ジンレン)氏, 台北の黄永松(ホアン・ヨンソン)氏, 韓国の鄭丙圭(チョン・ビョンギュ)氏らが中心となり, 東アジアで活動するデザイナーや編集者, 研究者, 学生など, デザインや出版に関わる人々の交流と活性を計るために2005年から始まったものです。

これまでに, 「アジア的想像力」「タイポグラフィ」「紙」といったテーマでシンポジウムが開かれたほか, 参加デザイナーが手がけたブックデザインの展覧会などもあわせて行われていて,日本からは, これまでに鈴木一誌氏, 戸田ツトム氏, 臼田捷治氏, 佐藤雅彦氏, 祖父江慎氏, 山口信博氏, 白井敬尚氏, 古平正義氏などが招聘されています(2011年は室賀清徳氏)。

2010年度のテーマは「アジアの次世代ブックデザイン」。ブックデザインや出版の今後の可能性について議論するため, 中国からはXiao Mage氏とYang Linqing氏, 韓国からOh Pill-min氏とCho Hyouk-joonb 氏, 日本からはschtüccoの秋山伸氏と, 僕がスピーカーとして招聘されました。

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羽田空港から金浦空港まで約2時間半。迎えに来てくれていた通訳さんが掲げていた「♡ようこそ♡」に和みつつ, そこから車でハイウェイを30分ほど北上すると, あっという間に州出版都市へ到着する。北部だが思ったほど寒くない。

この都市は, 出版社, 印刷会社, 流通会社などをはじめ, 出版に関する産業を一箇所にまとめて出版文化産業の発展を目指す構想のもと, 90年代末から開発が進められている計画都市で, 広大な敷地に世界中の建築家によって設計された近代建築がズラリと立ち並んでいる。正直なところ, 人里離れた場所に突然モダン建築が並ぶ特区が現れたことに面食らった。人がいない場所を散歩していると, 未来都市にトリップしたような感覚が立ち上がってくる。

坡州出版都市の創立者であり, 出版社・悦話堂(ヨルワダン)の社長である, 李起雄(イ・ギウン)氏の理念のもと, 建造物には「5階以上の建築物は
不可」や,「看板は1つのみ」といったコードが決められているそうだ。そのためひとつひとつの建築物は特徴的でも, 街全体の調和と緊張感が保たれている。山側の静かな敷地には出版社やデザイン事務所のほか, この都市で働く人々が暮らす住宅地が並び, 高速道路側の出入りや騒音の多い敷地には印刷所や製本所,流通会社などが並ぶ。職種や目的にあわせた区画整理が的確に施されているのだ。

今回宿泊したのは, シンポジウム会場と隣接している「紙之郷」。2007年のシンポジウムから, このゲストハウスが利用されるようになったそうだ。

各部屋やロビーには, 鄭丙圭氏のタイポグラフィ作品が飾られている。鄭氏は韓国のブックデザイン, タイポグラフィの第一人者であり, 毎年行われるシンポジウムのテーマの決定や出席者の人選, ポスターのデザインなどを統括する中心人物。氏は韓国のエディトリアルデザインの黎明期(1970年初め頃)から多くの優れたブックデザインを手がけるほか, ハングルの持つ象形性に着目して, 機械の美学から離れた脱直線の世界でのタイポグラフィ表現を積極的に実践されている。

僕の部屋に飾られていたのは, カラーのマスキングテープでハングルの母音や子音のオブジェクトを構成した作品だった。部屋にテレビはなく10冊ほどの本が置かれている。程よいスペースの机がありWi-Fi 完備のため, 道具がそろえばすぐに仕事もできる。ここ最近自分の頭の中にある, 固定した場所に捕われないモバイル事務所や, 出張の多い職種向けのゲストハウス構想が自然に膨らむ。

実際に, 出版都市内にある「悦話堂図書館」にはゲストハウスが併設されていて, 図書室のほか, 宿泊室, 談話スペース, 共同キッチン, 視聴覚スペースなどが学生向けに無料開放(!)されている(図書室, 視聴覚スペースは一般へも開放している)。

悦話堂図書館には, 韓国古代の稀少な本から国内外の現代のデザイン書まで, 優れた美術図書がビッシリとアーカイブされている。これらは出版都市の創立者である李起雄氏と, そのご息女の2人だけで収集しているのだそうだ。

個人の審美眼で選び抜いた蔵書をここまで開放している施設は日本でもほとんどないはず。この図書館は市内から離れている上に美術学校が近くにあるわけでもなく, 観光化されている場所でもないためほとんど人がいない。このスペースを独り占めできなんてものすごく贅沢なことだ。入り浸りたい気持ちがつのる。(ちなみに悦話堂図書館のほかにも図書館は各所にあり, シンポジウムが行われた施設内にも, 杉浦康平氏が手がけられた本が一望出来る書架や, 日本の優れたブックデザインを多く収めた図書室などもある。)

空き時間を利用して, 出版都市内を歩きながら文字採集をする。そのあと中国からのデザイナー達と秋山伸さんを交え, 活字美術館や, 38度線にほど近い統一展望台を案内してもらう。活字美術館では, 活版, 電算写植(機材もハングルの文字盤も, 日本から輸入して使用していたそうだ), レタリングの道具や制作物の展示を通して, 韓国の活字の歴史を駆け足でお勉強。

韓国は, 漢字のみが使われた時代から, 漢字とハングルが併用された時代を経て現在ではハングルのみが使われるようになった。80年代初頭の写植の普及とともに縦書きから横書きに移行。 漢字を文字として使用して来た歴史的な遺伝子が, ハングルの中には内在しているという。

言論や出版規制があった時代を経て, 1988年の出版登録の自由化が契機となって韓国のエディトリアルデザインは民主化の熱風に包まれながら興隆する。それ以前は, 優れた編集者は装幀もできることが当たり前の時代だったそうだ。先述の鄭丙圭氏は, 編集者を経てデザイナーへ転身した代表的な人物だ。

夜の懇親会では, 日本のインディペンデント出版についての質問を多く受けた。韓国でもコミケのようなマンガ同人誌を主体としたイベントはあるが, リ
トルプレスやZINEと呼ばれるような自主制作冊子のカルチャーはまだ根付いていないそうだ。出版文化財団のスタッフの方は,「小さな分野をイベント化して集客できるのは, 日本独特のチカラ」と言っていた。

韓国からの参加デザイナーであるCho Hyouk- joonb氏からは, 部数や予算といった仕様のことから, なぜ多くの人が自主的な活動を行っているのか, またその意義, 普段の仕事とどう並行していくのか…など, 具体的な質問も多く受けた。韓国のデザイナーもインディペンデント出版をしたい欲求は高いそうだが, 韓国では出版社が本を作るものという概念が根付いていて, さらに忙しさや金銭的な理由から断念せざるを得ない状況にもあるという。

熱を帯びた懇親会は2次会で解散。前日から準備に追われ, 寝れないまま韓国に来ていたが, 興奮と不安が入り混じり寝つけず, 結局朝までテキストを練り直すことに。

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シンポジウム当日。
デザイナー, 出版関係者, 学生など, 各地から多くの人が来場していた。個人的な印象では, 若い世代が多いように見受けられた。言葉は同時通訳されて参加者全員のヘッドフォンに届く。 

李起雄理事長は挨拶の際,「私たち東アジア人の姿形, また, 共有して使う漢字などの同質性は誰も否定できない。私たちはもっとも近い間柄である運命で, いかなる政治や経済的な利害関係からも脱却し, 『生きる』という点において人間の価値を見いだすためにここに集まっている」と, 東アジア人の根底に伏流する連帯性とシンポジウムの意義を強調した。

プレゼンテーションは, 中国からの唯一の女性デザイナーXiao Mage氏から始まった。「中国のもっとも美しい本」や, NY ADC, D&ADなど, 数々の賞に輝くブックデザインを紹介。以前TOKYO TDCのレクチャーで, 香港のLes Suen氏の造本設計に驚嘆&大感動したことがあるが, Xiao氏のプレゼンテーションを見てあらためて中国のブックデザインのレベルの高さを思い知る。どの本も有機的な律動があって柔らかな印象。特に製本やマテリアル処理の美しさは抜群で, 手に取って大切にページをめくりたい触覚を誘発する。

同じく中国から参加のYang Linqing氏は, 「編集とデザインの関係性はどちらか一方だけでは成立せず, ふたつが交流することでひとつの『気』を生み出す」ということを陰陽太極図をたとえに展開。中国においてのモダニズムの興隆に危機感を唱えながら,「ブックデザインにおいては, 見た目のグラフィックではなく, より編集者的なアプローチでデザインに関わるべきである」と論じ, webにおけるリンクに似た構造を内在させた, 運動性の高いインデックスのデザインを披露した。

つづく秋山伸氏は, 読書経験の撹乱(Destabilizing The Reading Experience)」---つまり「全く新たなものやカオスを生成するのではなく, 固定化しようとするものをゆりもどし, 抵抗する概念」や, 非同一性(Disidentification)---「豊かなものをひとつの規範に収めることを避ける概念」をひもときながら,「物質的レベル(Return to Scraps of Paper)」と「視覚的レベル(Optexture)」の2軸から, schtüccoが手がけた様々なブックデザインをプレゼンテーションした。

「非同一性」という, モダニズムの合理的思考をもっとも根底から批判するキーワードを取り上げながら, 「機能的で美しいモダンデザインを作ることでも, 完全否定することでも, 対抗するスタイルを構築することでもなく, モダンデザインの渦の外側に位置する, 様々な小さな本を作りながら, 画一化された読書経験を撹乱したい」とした上で, 読書経験を固定化しないための, ブックデザインの新たな視座を示していた。

僕のプレゼンテーションは, タイポグラフィやブックデザインの生成を個人のイマジネーションや文脈に委ねるだけではなく, 他者, 自然の力, 偶然性などを介在させながら再構築していくための試みや, 参加者と対話しながら時間軸を共有し,共同作業で1冊の本を作っていくための場作りなど, 近年行ってきた自主プロジェクトを中心に論じた。

地元韓国から参加のOh Pill -min氏は元編集者のブックデザイナーで, 韓国で出版されている文学書を数多く手がけ, 日本の小説の訳書も数多くデザインしている。ここ10年ほどで韓国のデザインは急速に成長を遂げたという。Oh氏は, 元編集者的な立場による的確なデザインアプローチで, およそ一人のデザイナーが作り出したとは思えない数の構成バリエーションの仕事を展開した。

つづく韓国のCho Hyouk-joonb氏も, 国内で発行される数多くのブックデザインを手がけていて, そのディレクションの中心軸は「非常に基礎的な韓国のタイポグラフィを根底に置きながら, 幅広い実験を行うこと」と語る。

Cho氏は, 昨晩の懇親会での日本のインディペンデント出版の話題を持ち出し, コンテンツの細分化, 出版不況, 電子書籍やwebなどの反動としての紙への回帰や流行など, 韓国との文化的な背景の差異を示しながらも, デザイナーが主体性を持って制作する本への関心について触れ, 自主的な出版活動への欲求を語っていた。

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こうして一人当たり約40分, 合計5時間程におよぶプレゼンテーションが終了した。

総評として鄭丙圭氏が述べた言葉が, このエントリの冒頭に挙げたものだ。そして,「このシンポジウムで上がった非常に重要なキーワード『構造』『物質』『表面』は,『デザインそのもの』についての本質的な話であり, ブックデザインというフレームを乗り越えた内容だった。この知覚体験をさせて下さったみなさんに心から感謝しています」と締めくくった。

シンポジウム終了後のレセプションは, 関係者だけでなく一般の観客や学生も参加することができ, 参加デサイナーたちとも自由に交流できる。その敷居の低さや和やかな雰囲気にとても好感を持った。

夜は, 韓国のデザイナー達と出版財団スタッフの案内でソウル市内の居酒屋へ行く。シンポジウムの緊張感から解放された体にノイジーな「非西洋」的喧噪が心地よく響く。マッコリより雑味の少ない, サラっとした乳酸飲料のようなドンドンジュというお酒を飲む。めちゃくちゃ美味い。

最終日。朝から秋山さんと出版都市内の古本屋を巡る。なんというか, 良い意味で手つかずの状態。出版登録の自由化がされて以降の本はブックデザインのバリエーションも多様だが, それ以前のものはなかなか差異が見つけにくい。結局, (おそらく)小学校の手書きの卒業文集を買う。

そこからソウル市内へ移動。市内には弘益大学校という大きい美術大学があり, 周辺の通りは画材店や美術書店が密集している。sang sang madangというビルは, 美術・デザイン書, リトルプレスやZINEや雑貨を取り扱うお店のほか, ギャラリーがいくつか入っていたので長居する。忘れがたいくらい美味しい焼肉を食べ, 最終的には通訳さんに連れて行ってもらった, 内装もシステムも飲み物もすさまじくスイートな喫茶店で, 秋山さんと短い滞在を振り返る。

僕にとって、このような国際シンポジウムに参加するのは初めてのことだった。外の空気に触れ, そこに息づく人たちの思考に触れることは, 新たな視座やスケールを体得できる, めちゃくちゃ意義のある機会だと思っている。
シンポジウムにあたり, 自分に何が発言できるのか, また一体どんなことを共有できるだろうかと考え続けた。これまでに制作したものを振り返り, 言葉にしてプレゼンテーションすることは, クライアントワークや自主プロジェクトともまた違う, とてもムズカしい行為だ。

今回の「東アジア本の交流」を通して, 西洋的なモダニズムへ対するクリティカルな姿勢を強く感じたが, 各国共通して本をどのようにデザインするのかという方法論ではなく, どのような地点からデザインに関わるのかという姿勢そのものを強く提示していたように思う。
それぞれの国は異なる文化的背景を反映しながら, 「非西洋」的な同質性の中で共通した危機感や問題意識を抱えている。このような状況の中で, 相互のアイデアや成果物を交流させることができたのは, 本当に有意義な経験だった。

西洋との対照によって東アジアのデザインを考察する機会を持つことには成功しているので, 今後は東亜に限定せずにアジア全域からデザイナーや出版人が招聘されて, さらなる対話の場に発展していって, 最終的にはやはりアジアの領域も横断して世界中のブックデザイナーと対峙する場が形成されていくことを心から願います。

まず, 坡州出版都市のことがあまり認知されていない現状もあると思うので, 頭の片隅に置いといていただきつつ, 本やデザインや建築好きで韓国行く機会がある方は, 少しだけ足伸ばして覗いてきてみてください。そいえば出版都市と隣接して, 映画都市も建設中だったので, そちらも完成したらすごそうだなと…。

この機会を与えてくださった, 杉浦康平さんと坡州出版都市文化財団のスタッフの皆さん, 参加デザイナーの皆さんに, 心から感謝申し上げます。そして秋山伸さんと通訳のアミさん、本当にお世話になりました!
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